Prince(プリンス)の真実!

Prince(プリンス)の真実!

 

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Pick Up Music

プリンスが今年(2016年)、天に召され、世界中の彼のファンが悲しんだことでしょう。女性ファンも多く、お店でもリクエストはかなり多かったと記憶しています。1993年にリトル・レッド・コルベェットがビルボードチャートの上位に入り、プリンスの実力を感じたのを覚えています。

当時、ロックやR&Bをベースに新しいタイプの音楽ジャンルを彼は追求していて、新しく出す作品は、エロティックで色気のあるリズムをファッションと融合させていた気がします。プリンス独特の世界を形成しようとしていたのでしょう。

プリンスは、ジュニア・ハイ・スクール時代、自分のバンド、グランドセントラルを結成し活動。シンガーソングライターであり、他のアーティストもプロデュースするなど多彩な才能を発揮していた数少ないミュージシャンです。

彼は、ワーナーブラザーズからデビューし、大きな期待をされていました。可能性のある期待とは裏腹に成果はとどまってしまいました。そして5作目の2枚目アルバム『1999』が大ヒットとなり、シングル、リトル・レッド・コルベェットがチャート・イン。一躍時の人になります。ポップなメロディーに独特なリズムが女性ファンを掴んだのです。

Prince/Little Red Corvette

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いまだに根強い人気!ネーナ

いまだに根強い人気!ネーナ

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人気の訳とは?

個人的な事ですが、自前のレコードはかなりあります。1980年代のDJサンプル(非売品)は、その中でもかなり所有しています。先日、海外の方からネーナのサンプル盤(Just A Dream)を譲ってほしいと熱心に言われ、いまだに人気が衰えていない事に気づかされ驚きました。日本ではもう、ネーナの人気どころか、ネーナって誰?と言う方が多い様な気がします。とくに、40歳以下ならなおさら?

1984年に全米チャート2位(99 Luftballons)を獲得したドイツ人女性歌手がネーナです。女性ボーカルで過去に、ここまでチャートを賑わせたドイツ人アーティストは居なかったでしょう。残念ながら、今一歩のところで全米1位獲得はなりませんでしたが、大きな業績を残したのは間違いないだろうと思います。

スピード感のあるテンポと彼女の澄んだボーカルが、多くのリスナーを虜にしたのだろうと思います。だからこそヨーロッパでは、未だに40歳以上のネーナファンの間では人気があると言う事なのでしょう。今回のPick Up Musicは大ヒットまではいきませんでしたが、スマッシュヒットのJust a Dreamをご紹介します。

Nena/Just a Dream

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低迷とカムバック

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1983年にはドイツのコメディー映画にも出演。しかし、その後発表したシングルに数曲のヒットがあったものの、次第に人気が衰え。映画出演で知り合った俳優との間に最初の子供を妊娠してバンドは活動休止に追い込まれ、そして1987年に解散。この俳優との間には三児が出来たが1992年に離別。12歳年下のドラマーと交際を始めハンブルクに引っ越し、二児をもうけています。

バンド「ネーナ」解散後も、ネーナ自身は1989年からソロ活動を継続。子育ての時期の楽曲は子供向けの性格が強く、あまりヒットしていません。音楽活動の傍らテレビに声優、司会者などとして出演。歌手としての彼女は完全に忘れられつつありました。ところがドイツにおける長期的な’80年代ブームの中、2002年に「ネーナ」の元キーボード、ウヴェ・ファーレンクローク=ペーターゼンと組んで、かつての大ヒット曲『ロックバルーンは99』を新ヴァージョンで発表すると人気が復活。奇跡的なカムバックを果たしました。

2005年に発表したシングル『Liebe ist』は、ドイツの人気ドラマ『Verliebt in Berlin』の主題歌になったこともあり、『ロックバルーンは99』以来22年ぶりのヒットチャート1位を獲得しました。アルバム『Willst du mit mir gehn』もヒットチャート2位を記録。同年にはフランクフルト・ブックフェアでアルバムと同名の自伝を発表。その年3位の売上となりベストセラーになりました。ドイツ、オーストリア、スイスでのツアーも開始。携帯電話のコマーシャルにも出演。2007年にはマレーネ・ディートリヒのカヴァー曲を発表しています。ただしかつてのようなドイツ語圏の枠を超えてのヒットは今のところ見られてないです。

2007年、自らの学校体験などを活かしてハンブルク郊外に民主的な運営の学校を設立しました。

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’80s DJ Pick Up

‘80s DJ Pick Up

 Pick Up

 昔のMTV(ビデオクリップ)と今のMTVの違い!

 ‘70sのビデオクリップは、LIVE感あふれる仕上がりに。

‘80sは、小さなステージ型舞台の様な演出のビデオクリップでした。

‘90sは、少し劇場型に変わり、今では特撮映画さながらのクリップもあるくらいです。

 どの時代が良いとかではなく時代とともに変化し、見ていて楽しいです。

日本では、2000年以降デコブームがありましたがアメリカでは78年あたりからミュージシャンの間で大きなブームになっていました。ヘルメットやサングラス等など。80年代のビデオクリップを見れば分かります。

 今回のピックアップアーティストは、ベタですが、Rick Jamesです。ファンクソールでポップなダンスナンバーが良いですね。ベーシストでありシンガーソングライターでもある彼の作品は、ベースを主体にしたグルーブな切れのあるビート!当時も色々アレンジしてMixいていました。今でもリメイクすればビルボード100で上位に食い込む作品になるのではないでしょうか?

Super Freakは、あまりにもベタなので今回は,今は亡きプリンスを意識して出した曲をご紹介します。シンセをベースラインに使いエレクトロファンクを意識した作品です。

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Pick Up 

Peabo Bryson/If Ever You’re In My Arms

男性ソールシンガー中で80年代に期待が大きかったアーティストがピーボ・ブライソンです。幼いころからシンガーを目指し、努力していました。十代前半でハイスクールのタレントスカウトショウに出場し14歳からバンド活動をこなし作詞もいていました。下ずみも長く実力をつけていました。76年にソロデビューするもあまり売れず82年のヒット曲(レット・ザ・フィーリング・フロウ)でメジャーな存在になります。ソロに限らねければ、マイケル・セーガー・バンド(ドゥ・イット・ウィズ・フィーリング)76年94位やメリサ・マンチェスターとのデェット曲(恋に結ばれて)81年54位などでヒット曲を記録しています。

女性シンガーとのディオなどラブ・バラードが大きく評価され知名度も高かった。ソロ歌手として大きく成功するための彼は、ナタリー・コールやロバータ・フラックとのヂュエット活動を精力的に行いチャンスを伺ってたのかもしれない。

84年のヒット曲(愛をもう一度)はエレクトラ移籍第1作品が10位に入り名実と共に男性ソールシンガーの地位をつかんだと思います。苦労が実った信念の強いヒット曲です。

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2016 年EDM楽しい未来の到来か?!

EDMを2016年から楽しめる!未来のクラブ、イベントシーン

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音楽ってホント!楽しいですね!

2016年に入りマスマス海外ではEDMの影響でフェス、イベント、クラブと大きく音楽業界も盛り上がってます。3~4年前辺りから日本でも少しずつ盛り上がり、火が付き始めているな~という感じ。このまま長く続けばいいなーと思います。風営法も改善されましたし!良しよし!!やっと日本にも洋楽旋風が再び巻き起これば嬉しいですね・・・

東京オリンピック開催決定を期に、海外の人たちも沢山日本に観光で来られる人が多くなるのに合わせて、日本のクラブやイベント事情も大きく変わってきています。洋楽の需要も多くなってくれる期待をこめて日本の音楽シーン、リスナーが洋楽に新たに目覚める光景が広がれば嬉しいですね。

クラブの数が、コンビニの数を抜く日も近いかな?・・・そんなわけ無いか!(笑)

Yahooニュースでも大きく取り上げられるくらいですからEDMも日本に巨大なうねりを起こす可能性は大ですね!これからの10代、20代の人たちに期待です。盛り上がれニッポン!!!

Pick Up EDM

nagotto/wazin=和人(ex mix)B.P.M 125

Pick Up EDM

 

Pick Up EDM

お気に入りの1枚!個人的にも大好きなRihanna21世紀女性ヴォーカルリストNo.1!!!

(Calvin Harris・This is What You Came For)

 

Pick Up EDM

 

Pick Up EDM

 

Pick Up EDM

 

Pick Up EDM

Pick Upする EDMはまだまだありますが、これくらいに!あなた好みの曲を探してください。
洋楽をたくさん聞いてあなたの音楽ライフを満喫してください。大勢の人と共有してNon Stop Mixも皆で
楽しみましょう。ところで、あなたは踊る派、踊らす派?!

DJs(’80s懐かしのNew Jazz Mix)

1984 New Jazz Song

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32年前、DJの仕事の合間に、別のジャンルのB.G.M用Mixによくはまっていました。それがNew Jazzでした。エブリシング・バッド・ザ・ガール、スタイル・カウンシル、ワーキング・ウィーク、ドゥー・ブールー等々をノンストップミックスしては他店(カフェ、アパレルショップ)に宣伝のため配っていた事を懐かしく思い出します。30歳前後の女性の方に非常にウケがよく、楽しく作っていました。最近改めて聴いても全く古い曲のイメージも無く、むしろ新鮮にさえ感じます。改めてアナログレコードが見直されて来ている中、やはりNew Jazzは針をおとすと格別な音楽に思えます。今でこそラウンジミュージックとか当たり前に言われていますが、この頃は、そんな事は全く無かったです。アシッド・ジャズのハシリとも言えるNew Jazz!皆さんも機会があれば一度このジャンルのNon Stop Mixにチャレンジしてはいかがですか?また、違ったMixの世界が見えてきますよ。

大人な音作り!が気になる方は、DJ 番外編・ストレス解消も音楽、心を癒すのも音楽をご覧ください。

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実はEDMの原型になっているかも!?

実はEDMの原型になっているかも!?

 ‘80s

 Pick Up

 今回取り上げるのは、1981年から1984年までに良く車で流していた曲をピックアップ。 気分転換に夜の高速に乗り、コーナーを攻めて(攻めたと言っても速度60km!ビビリな者で(笑))スピードと光の世界にとけ込めるバッググラウンドアーティスト、ディペッシュ・モードです。

彼らのデビューのきっかけは、東ロンドンにあるパブ「ブリッジハウス」のステ−ジで演奏を見た、ミュート・レコードのダニエル・ミラーに声をかけられたことが始まりです。この出会いが、ディペッシュ・モード、つまり彼らの運命を大きく変えました。彼らは1981年2月にデビューシングル「Dreaming of Me」を発表。 全英チャートで57位を記録。そして「Just Can’t Get Enough」では全英チャート最高8位と大きな成果を出していきました。発表したアルバム『ニュー・ライフ』は全英チャート10位を記録し、雑誌から好評価を得ます。当時、日本の関西エリア(とくに京都、大阪、神戸)クラブディスコ(ポップディスコ全盛時代“地下の小さなハコ”でアンダーグラウンドばかりを流していたお店の事)で流される機会が多くなりました。1983年頃の時代はニュー・ウェーヴの最盛期であり、新たなジャンルの波とウネリが来ていました。個人的にも大好きなジャンルのひとつです。

元々、学生時代の結成されたバンド(no romance in china)で活動していて1980年に(composition of sound)を結成し、3人組で活動。1981年に新たなメンバーを加えた体制のバンド(Depeche mode)でプロデビュー。ヴォーカル、ギター、シンセサイザー、の組み合わせと言うバンドスタイル。特にシンセサイザーを軸にした印象のバンドです。個人的にはインストゥルメンタルの作品のインパクトが強かった気がします。(夜の高速道路のB.G.Mも勿論インスト)

しかし1987年に発表された『ミュージック・フォー・ザ・マスィズ』頃からメンバーの人間関係のすれ違いが生じはじめ、苦労を重ねたようです。現在も活動はしている様ですが、大きく表舞台に露出されることはないです。

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 ディペッシュ・モードのシンセ音源(デジタル音源)は、今のEDMに大きな影響を与えていると思います。45歳以上の方ならスグにディペッシュ・モードね!と聴けば分かりますが20代、30代の方はそれ誰?と思うのでは。ましてやデビュー当時のディペッシュ・モードなんて!・・・

でも20、30代のリスナーでもダフト・パンクはご存知でしょう。彼等も少なからずディペッシュ・モードの影響を受けています。深くさかのぼれば、デジダル音源のテクノとファンク(テクノは、Y.M.Oやクラフトワーク/ ファンク要素はハービン・ハンコック)の影響、その間にあるのがシンセ主体のディペッシュ・モード初期のインストと言う事になると思います。

ダフト・パンクのワン・モア・タイムはダッキングというエファクト要素をふんだんに使い、今のEDMの原型にもなっています。

つまり、エレクトリック・ダンス・ミュージック(EDM)はデジタルエファクトをふんだんに使い、踊れる要素を入れた音楽という訳です。

いかがですか!今のEDMがディペッシュ・モード影響論!!!

信じるか!? 信じないかは!?  あなた次第です!

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あなたは、夏のエネルギーバンドご存じですか?

あなたは、夏のえなるぎーバンドご存じですか?

Pick Up

=RAH BAND=

 今回のお気に入りの1枚はラー・バンド。

女性ボーカル中心の英国JAZZバンド。今は【2016】何かとイギリスがEU離脱などで話題になっていますが、30年以上たってもクスムことの無いアーティストです。

JazzにFUNKのエッセンスをいれたメローなメロディーラインが特徴のバンドです。比較されていたのがシャカタクですが、演奏スタイルが全く違って、リードは楽器主体では無く, 女性ヴォーカル主体の ファッショナブルJazz  Funk Bandなのです。

ラテンのエッセンスも入っているので、おしゃれな女性やイキな男女の生活の背景に合うと言うか!マッチするというか!B.G.Mにとてもハマります!(笑)

難しい説明は抜きにして、一般の音楽ファンが日々の生活の中で癒される音楽を どれだけ求めているのだろうか!?っと!

かなり多いと私は見ている!!!!!

今は、田舎暮らしですが、都会のCoolさは、良くも悪くも知っています。都会の冷たさに負けそうな瞬間(とき)是非このバンドのアルバムを聴いていただきたい!!

きっと!いや!必ず?

エネルギーに変わるはず!

それがRAH BAND です。

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他に、同じようにエネルギーになるバンドを上げるのであれば、レベル42や少しエッセンスは違いますがS.O.S Bandなどがあります。詳しい内容は、またの機会に紹介しようと思います。

話は少しそれましたが、Rah Bandは本来は実体のないバンドです。

リチャード・ヒューソンのプロデュースバンド!いわゆるパーソナルバンドであるわけです。 6名の女性ボーカリストを集め、自分が作ったメロディー(曲)にボーカルをつけ、 構成したバンドなのです。それにも関わらず”まーぁ”素晴らしすぎるバンドなこと!!

彼の経歴は調べていただければ直ぐに凄い人物だと分かるでしょう。ラー・バンドのプロデューサーだけでなく過去に’70sの話題のアーティスト(ビージーズやCSN&Yなど)の裏方にも携わり、オーケストラの指揮者もこなしメロディアスな曲を英国風たっぷりにアレンジし奏でるのです。つまり凄い御方なのです。

個人的におすすめするのが、テアーズ&レイン(Tears&Rain)まさにラーバンド中のラーバンド!DJのパートごとに流していたのを思い出します。12”シングルバージョンはファンのみならず是非聴いていただきたい1枚です。サックスのソロがたまらなくイカシテいてアコースティックなメロディーにDJ PLAY中いつも聴いて酔っていました。

次にパフュームド・ガーデン(Perfumed Garden) トロピカルなメロディーにサンバ テイストなビートメイク!夏を感じさす恋のそよ風の様な曲でありながら、おしゃれ感タップリのムードサウンドなのです。

【まあ、この頃回していたのがサンバクラブでしたから・・・】(笑)

他にも紹介したいのですが今日はこれくらいで!

機会が有れば一度聴いてください。イカシテますよ!このBand !!

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’80s・ピックアップ

DJ Mix ‘80s

Eddy Grant / Electric Avenue 

本日のピックアップアーティスト

 

1983年頃はポップアーティストといえばマイケルジャクソンがチャートを独占していました。この頃彗星のごとく現れた(エディー・グラント)。初めてのソロで全米チャート2位ミリオンセラーヒット。多くの音楽ファンがこの時彼を知ったのです。

しかし、エディーは10代の頃白人と黒人からなるポップバンド、イコールズを結成していました。グループはデビュー間もない’68年に(ベービー・カム・バック)でヒットしていましたがその後が続かずフェードアウトしていきました。

音楽的センスがあったエディーは、音楽会社を設立しプロデュース業に専念する日々を過ごしながらチャンスを狙っていたようです。それが15年ぶりのヒット曲’83年の(エレクトリック・アベニュー・全米チャート2位)です。

見事カンバックしたエディーは、スマッシュヒットをだしアーティストとして返り咲ます。

’83年頃は、ブラックアーティストと言えばマイケル!そんな中エディーが現れ、ポップなブラックミュージックの概念が変わった感があります。

大阪と東京のサンバクラブで回していた頃、ミドル(もり上がりの前)でよくかけていました。分かりやすい歯切れのあるビートなのでウケも良く繫ぎやすかったです。’80sの中ではポップ中のポップですね!マニアうけはあまりしていなかった気がします。女性にうけていましたので夏頃はDJのマイ・パートでかけていました。

いかがですか!

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今回のPick Upアーティスト。一度聞いて見ては!あなたのお気に入りの1枚になれば良いですね!

 

Eddy Grant / Electric Avenue 

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DJ Mix ’80s (懐かしのヒット曲)

DJ Mix ’80s(They Don’t Know)

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 トレシー・ウルマン/恋するトレイシー(They Don’t Know)

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今日の紹介は、懐かしい1984年にヒットした曲をピックアップしていきたいと思います。

トレイシー・ウルマンと言うアーティストをご存じですか。女優である彼女は正確に言えば83年に歌のセンスが認められ女優がスターになりました。

たまたま美容室で同席したレコードの社長の奥さんと話をしていて、うちのスタジオで歌ってみないと話を持ちかけられます。そのチャンスを生かし、そして瞬く間にヒットチャートを駆け上がります。そして彼女は、歌手をやるのも悪くないと思い始めます。彼女のスタイルは80年代でありながら60年代のポップスを再現したかの様な心躍る楽しいアルバムに仕上がっています。

どの収録曲もシングル向きで一1番目に選ばれたのか(夢見るトレイシー)と言うメロディアスなバラードです。

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そしてチャートでは全米8位にまでランクアップ、そしてプロモーションビデオまで作られました。

 トレシー・ウルマン/恋するトレイシー(They Don’t Know)


DJ Mix ’80s(I Can Dream About You)

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続いて84年に好きだったアーティストをもう1枚ご紹介します。

ダン・ハートマン彼はシンガーソングライターでありビートの効いた曲が主体のポップアーティストです。今では懐かしいカセットテープに自作の曲を10曲以上収録し、大手プロダクションに送りチャンスをつかみました。

13歳の頃から音楽活動を活発にしていましたがだれも彼の才能を見出せませんでした。18歳頃デモテープをきっかけにオーディションを受け合格。その日を境に彼の人生は大きく変わります。グループ時代はさほど目立つ存在ではなかったですが作曲活動だけでなくレコーディングエンジニアやプロデューサーとしても才能を発揮していました。

76年あたりからソロ活動でアルバム作りを始め精力的に活動していました。84年にMCに移籍し映画音楽を担当する仕事が舞い込んできました。それが全米ヒット8位のストリート・オブ・ファイヤー(あなたを夢見て)です。機会があれば1度聴いてみてください。いい曲です。

 *ダン・ハートマン/あなたを夢見て(I Can Dream About You)

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